和風お茶会

 ルパートの後継者になれるのではないかという密かな情報網から確かな情報を得て、シリトーは、押しかけ雑用係を買って出ている最上級生の部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
 意中の人の促す声にゆっくりと扉を開け、ひょいと顔を出してみた。
「こんにちは。今、大丈夫ですか?」
「・・・ああ、シリトー。ちょうど良かった。今、休憩にしようと思ってたんだ。入って」
 受験勉強をしていただろう最上級生は、ちょっと目を瞠ってから、笑って手招きしてくれた。
「それでは、お邪魔致します。いや、なんとナイスなタイミングでしょう。何か御用はありませんか?」
 いそいそと居心地のいい部屋へ入り、促されるままソファに座りつつ、一応、名目上の用件を口にした。
「雑用係なんてしなくていいっていつも言ってるじゃないか。・・・ああ、でも、それじゃあ、お茶に付き合ってもらおうかな。何がいい?」
 茶器や葉の置いてある一角へ歩きながら問う小柄な寮監督生に、シリトーは、しめたと内心含み笑いつつ、表情は恐縮を取り繕って答えた。
「いやいや、そんな、フォーダムにお茶を入れていただくなんて。それは雑用係のすることですよ。でも、たまには日本茶なんかにチャレンジしてみたいかな、なんて思ったりなんかしちゃったりなんかして・・・」
「日本茶?珍しいね」
 可憐に小首を傾げながらも日本茶の用意をしてくれる最上級生の姿を視界に捉えつつ、シリトーは部屋の中をぐるりと見回した。
 適度に片付いていて、落ち着いた雰囲気の部屋の片隅に、それは、確かにあった。
「・・・はい。お砂糖も一応あるけど・・・」
 日英ハーフの寮監督生は、綺麗な緑色のお茶の入ったマグカップをシリトーの前に置いて、一応持ってきたらしいスティックシュガーを傍らに添えた。
「いえいえ。これも試練ですよ。紳士たるもの、渋かろうが苦かろうが、平気な顔して飲まなければ。・・・・・・・・・・・・いやしかし、確かに渋いですね」
 一口飲んでみて、微妙に顔を顰めた。半分はわざとだ。
「お茶に砂糖は邪道だと思うけど、飲めないなら、入れるといいよ」
 シリトーがリクエストしたのだから自業自得なのに、この部屋の主は、優しく心配してくれるのだ。
「大丈夫ですとも。ええ。来年は寮長になろうかというこの僕が、渋いお茶を飲めないなんて、そんなことがあるはずが。・・・・・・・・・いやしかし、渋いですね。これは、あれですよ、あれ。何か甘いものとか、そういう口直し的なものがあれば、それはもう、おいしく飲み干せるのではないかと・・・・・・」
「・・・・・・ああ、そういえば、何か荷物が届いていたっけ」
 どうやらシリトーの訪問の意図に漸くピンときたらしい上級生が苦笑して、部屋の隅のダンボール箱に歩み寄っていった。
 午前中に届いたばかりの箱を、丁寧にテープを剥がして開封するのを、もちろん、シリトーは控えめにソファに座ったまま、けれど首を伸ばして覗いている。
「・・・・・・ああ、いろいろ送ってくれたみたいだ。・・・でも、今食べられそうなお菓子はあるかな・・・。あ、これは・・・・・・」
 ぶつぶつ呟きながら箱の中身を確認していた彼が、ふと手にしたものを表返し裏返し、検討しだした。
「フォーダム?」
 期待に胸膨らませて促すように声をかけると、上級生は、振り返って首を傾げた。
「あんこ・・・・・・・って、知ってる?」
「あんこ?・・・・・・・・・いや、何事も経験ですとも。日本の珍しいお菓子でしたら、何でもチャレンジいたしますですよ」
 敬礼する勢いで答えれば、彼はやっぱり苦笑して立ち上がった。
「お皿に出すから、ちょっと待ってて」
 食器の置いてある棚に向かいかけた時、再びノックの音がした。
「どうぞ?」
 不思議そうに応えるとすぐ、遠慮がちに扉が開かれた。
「フォーダム?勉強中じゃないですか?」
「ああ、オスカー。ちょうどよかった。今、シリトーも来てて、日本のお菓子にチャレンジしてくれるとこだったんだよ。オスカーも試してみる?」
 笑顔でソファに促す部屋の主に笑みを返しつつ入ってきたのは、下級第四学年のオスカーだ。シリトーと、この部屋の訪問回数を争っている上級監督生である。
「シリトー?・・・・・・またお前か。いい加減にしろよ。・・・あ、フォーダム、もちろん、数があるなら、貰いますよ」
 シリトーに呆れたような視線を向けてから、最上級生にはちょっと年相応な嬉しそうな顔を見せるのだから、現金なことだ。
「ちっちっち・・・。オスカー、読みが甘いですね」
 時計を確認してから、シリトーは人差し指を左右に振ってしたり顔で指摘した。
「読みが甘い?何が?」
 部屋の主がお茶とお菓子を用意している様子を眺めつつ、不審げな問いに答えた。
「こんな時間に来ても、パラダイスはあと数分ってことですよ」
「パラダイス?なんのことだよ。訳のわからないことを言うな」
 しかし、お茶の用意ができた頃、もう一度ノックの音がして、説明するまでもなく謎はとけた。
「ユウリ?そろそろお茶にしないかい・・・?・・・・・・・・・・・・・また君達か・・・」
 入ってきた途端に形のいい眉を顰めたのは、もちろん、学園のカリスマである。
「シモン。そろそろ来る頃かと思って、シモンの分のお茶も入れてたんだよ。日本のお菓子を食べる気はある?」
 嬉しそうな顔は、やはり親友でなくては引き出せないものなのか。シリトーは、オスカーも同じ問題を心中で検討していることを確信しつつ、皿を運ぶのを手伝った。
「すっかりミニお茶会だね。まあ、ユウリの勉強の邪魔をしないならいいんだけれどね」
 そうして、シリトーとオスカーが並んでソファに座り、最上級生二人が向かいに座って、何故か和風お茶会と相成った。
「・・・これは?なんというお菓子?」
「柏餅っていうんだ。そういえば、今日は5月5日だし。真空パックのを送ってくれたんだよ」
 興味深そうなカリスマの問いに、楽しげに答える部屋の主。つまりは、穏やかで優しい最上級生を独占できる時間、パラダイスは終わったということだ。
 密かに納得したらしいオスカーが微妙に悔しげにシリトーを横目で睨むのにもそ知らぬふりで、柏餅とやらにぱくついた。
「んん?これはまた、上品な甘さですね。まったりとしてこくもあり、渋いお茶にぴったりですよ。これはおいしい。ぜひとも、もう一つ・・・」
「少しは遠慮しろ。シリトー。・・・ああ、フォーダム、でも本当に、なかなか美味いですね、これ」
「さっき、5月5日と言っていたけど、何か意味があるのかい?」
 下級生達の食い意地はさらりと無視して、カリスマ上級生が親友に問いかける。
「ああ、うん、日本では、5月5日は子供の日とか端午の節句とかいって、柏餅を食べることになってるんだ。ちまきとかも食べるんだけど・・・さすがに送れなかったのかな」
「ふうん。本当に、上品な甘さでおいしいな。セイラにお礼を言っておいてくれるかい?」
 日英ハーフの上級生の姉の名前を出して親密さをアピールしている・・・と思うのは気のせいか。オスカー辺りは、面白くなさそうな顔をしているが、シリトーは、日本の珍しいお菓子が食べれたので、十分満足している。
 日本から荷物が届いたのを確認して、勉強に一息いれるだろう時間を推測と観察と統計と分析によって割り出して、部屋を訪れた甲斐はあった。暫くとはいえ、癒しの時間を一人で満喫できたし。
 シリトーは、和やかなんだか一方的に火花散るんだか微妙な和風お茶会を、結構楽しみつつ、柏餅の残りの数を数えたのだった。


 えーと、柏餅を真空パックで海外に送れるとは思えないんですが・・・。その辺りは、突っ込まないで下さいませ・・・。
 私は、シリトー好きですねえ。オスカーが負けちゃっててすみません。


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