新年
幸徳井家の新年の宴は、堅苦しい儀式も、無礼講になった新年会も、ユウリにとっては、余り居心地のいいものではない。
元々、何十畳か、もしかしたら百畳など軽く超えている座敷の中、ユウリが座っているのは、末端に限りなく近い席だ。
いてもいなくても誰も気にも留めないだろう、と判断して、ユウリは、そっと背後の襖を後ろ手に開けた。
如才なく、けれど絡んでくればきっぱりと跳ね除けながら酌をして客の相手をしている姉のセイラが、咎めるようにちらりと視線を送ってきたが、ユウリは首を竦めたまま、素早く廊下へ滑り出た。
最も上座から、常に見守られていることにも気付かず。
ユウリは、長い廊下を庭を眺めたりしながらゆっくりと歩いていたが、人のいない、裏庭に面した小さな座敷を見付けて、小さく笑って入り込んだ。
「・・・ああ、疲れた」
呟いて、足を投げ出して腰を下ろした。
何をしたわけでなくても、旧家であり、日本の祭礼や中枢に深く関わる幸徳井家の集まりは、欲得や思惑が入り乱れて、ユウリには気疲れする空気が満ちているのだ。
「・・・・・・後で、セイラに怒られるかな・・・」
ちょっと情けない顔をしたユウリは、裏庭に差し込む優しい初春の陽光を見て、長い溜息をついた。
「まあ、いいか。ちょっとだけ、休憩休憩」
呟いた、直後。
「何が休憩や」
廊下から声がして、背後の襖が音もなく開いた。
「隆聖!」
驚いて振り返ったユウリは、今日の新年会になくてはならないはずの人物の登場に、唖然とした。
「こんなところにいていいの!? 主役なのに」
「何もしとらんお前が休憩なら、俺が休憩して何が悪い」
ずかずかと部屋に入ってきた年上の従兄弟を目で追っていたユウリは、次の瞬間、更に呆れた声をあげた。
「隆聖。着物が皺になるよ」
ユウリの投げ出した足を枕に横になった隆聖は、腕を組んでさっさと目を閉じた。
「朝から忙しかったんや。昼寝くらい構わんやろ」
寝心地がいいとは思えないユウリの腿に頭を落ち着けて、隆聖は目を開ける気配もない。
「主役なのに・・・・」
「主役は親父殿や」
「でも・・・」
「煩い。少し黙っとけ」
途方に暮れて、ユウリは従兄弟の顔を覗き込んだ。
「隆聖・・・?」
普段、研ぎ澄まされたような鋭い印象のある若き幸徳井家の次期当主は、瞳を閉じていると、少しだけ穏やかな雰囲気になる。
返事をしない従兄弟が眠ってしまったものと見て、ユウリは小さく溜息をついた。
「・・・・・・疲れてるのかな・・・」
重責は、ユウリには想像もつかない。時間があるのなら、眠らせてあげたいとも思う。
ふと、たぶん、同じ程に思い責任を肩に乗せている次期当主という立場も近い、白金の髪の親友を思い浮かべた。
その時、タイミングを計ったかのように携帯が小さく振動した。慌てて、なるべく身体を動かさないようにして、携帯を取り出した。
「シモン?」
「あけましておめでとう」
ちゃんと日本語で挨拶してくれた親友に、笑みを浮かべて返した。
「あけましておめでとう」
「・・・今、まずいのかな?」
膝の上の従兄弟を気遣って声を潜めたのを、フランスにいるはずの親友は、すぐに気付いたようだ。
「・・・あ、・・・うん。そうだね、もう少ししたら、僕の方から連絡するよ。ごめん」
「構わないよ。新年に、君の声が聞けただけで十分だから。忙しいようなら、かけ直さなくてもいいよ」
「ううん。大丈夫。少しだけ、待ってて。かけられるようになったら、すぐかけ直すから」
慌てて応じたら、眠っている従兄弟が身じろぎした。更に慌ててしまって、ユウリは携帯を握りなおした。
「ごめん。僕も、シモンの声が聞けてよかった。電話ありがとう」
「どういたしまして」
静かに切られた電話に小さく息をついて、ユウリはゆっくりと携帯を仕舞った。
「・・・隆聖?」
声をかけたが、起きる気配はない。首を傾げて、それから、ふと庭に目を向けた。
裏庭まで完璧に整えられた、清涼な空間。降り注ぐ、初春の柔らかな陽光。新しい年の、新しい空気。世界。
深呼吸をすれば、身体の内側から清められる気がする。
「仕方ないよね・・・。・・・隆聖、ゆっくり休んで、早く起きてね」
矛盾したことをいいながら、ユウリも肩の力を抜いて、のんびりと午後の時間を過ごすことにした。
もちろん、膝の上の従兄弟が、親友からの電話を早々に切ったユウリの行動に内心ほくそ笑んでいたかどうかは、本人しか知らない・・・。
終
言い訳
いや、なんか、冬コミでクリスマスのシモンとユウリの話をペーパーに載せたから、一月の大阪シティに持って行くペーパーには、正月にしよう、と思ったんですよ。で、正月なら、隆聖さんでしょう、と。それだけです。すみません。隆聖さん、企んでるっぽいし。シモンは電話してくるし・・・。そんな暇あるのでしょうかね。ユウリは、まあ、どっちを優先するのかは謎ですが・・・。
なんと言うことは無さ過ぎる話でした。しかも、もの凄い季節外れで・・・。大変失礼しました・・・・・・。