くま
「・・・くま・・・・・・」
ユウリは、両手で胸に抱いてちょうどいい大きさの熊のぬいぐるみを見て、途方にくれていた。
「テディ・ベアだね。あの有名な。そういう権威は舌を出して嘲笑いそうなあの人が、よくこれを選んだものだね」
シモンは肩を竦めて応じたけれど、内心では、納得してもいたのだ。
何しろ、似合う。
つぶらな瞳と、柔らかな毛並み。
「でも、普通は女の子にあげるものだよね」
テーブルの上に鎮座ましましている可愛らしい熊のぬいぐるみと睨めっこするように身を乗り出しているユウリは、それだけで、愛らしい。
「まあ、くれるというものだし、貰っておけばいいよ」
そっとぬいぐるみを手にとって、ユウリの手に渡してみれば、ついつい抱きしめてしまうのは、ユウリの優しさかもしれない。
熊のぬいぐるみを抱きしめるユウリ。
「シモンがそんなことを言うなんて、ちょっと意外だな」
更に小首まで傾げた日には、シモンの視線は釘付けだ。
ただし、それを表に出す程愚かではないが。
「どうして?」
「だって、アシュレイからのプレゼントなんて・・・しかも、理由もなくだし・・・胡散臭いことこの上ないよね」
よくわかっていると感心するのに、ユウリが、それなのに何故アシュレイを受け入れてしまうのか、シモンは溜息しかでないのだけれど。
「まあね・・・。でも、ぬいぐるみそのものには悪意はないわけだしね」
なんでもないことのように言いながらも、後で盗聴器の有無だけは確認しようと脳裏にメモした。もちろん、ユウリには内密にだ。
「・・・そうなんだよね。くまに罪はないよね・・・」
腕の中のぬいぐるみを見下ろすユウリに密かに見惚れるシモンは、絶対に近いうちに現れるであろう青黒髪の魔術師への警戒を新たにした。
「だからって、別に、抱いて寝なくてもいいんだよ?」
ちょっとからかうように言ってみたら、ユウリは熊をぎゅっと抱きしめて、上目遣いにシモンを見上げた。
「・・・・・・・・・」
「そんなに子供じゃないよ」
シモンがあまりの可愛さに眩暈を堪えているというのに、ユウリは拗ねたように抗議して、更にシモンの眩暈を悪化させようとするのだ。
「・・・・・・・・・そうだね」
僅かな沈黙の後、それでも根性と理性とプライドで眩暈をおさめたシモンは、いつもの知的な微笑を浮かべた。
「わかっているよ、ユウリ。・・・でも、客の来る居間には、それは置けないだろう?」
「・・・そうだよね・・・。寝室に置くしかないかな。・・・でも、ベッドには置かないから」
意地になったような表情すらもやっぱり可愛い最愛の親友に、シモンは表面上は完璧な笑みで応じたのだった。
「今度、僕もユウリにぬいぐるみをプレゼントしようかな。何がいい?」
「・・・っ!シモンっ」
抗議するユウリを笑ってかわしながら、シモンは胸の内で、ユウリに贈るぬいぐるみの算段を始めていたのだった・・・。
終
言い訳
・・・・・・場所は、寮のユウリの部屋ですが。書いてないし。最初は、クリスマスのプレゼントのつもりだったんですが、あまりに季節外れなのでやめました。それに、何の意味もなくの方が胡散臭さ倍増でいいかと・・・。すみません。アシュレイが何故プレゼントしたかは謎です。シモンが変な人ですみません・・・。