可憐


「・・・カサブランカか・・・」
 週末、街に出る用があったオスカーは、帰り道にふと目に付いた花屋の店先で足を止めた。
「・・・・・・・・・違う・・・」
 白い百合は、マドンナ・リリーと呼ばれ、清楚とか無垢とか純潔の代名詞で、一見、かの人のイメージにぴったりのような気がするのだが。
 オスカーは首を振って、何かを探すように店内の花々を見回した。
 清楚だし無垢だし、純潔・・・に違いないけれど、大輪の、これでもかとたくさんの花を大きく咲かせたカサブランカでは、違うと思うのだ。
 もっとこう、小さくて儚くて頼りなげで優しくて・・・そう。
「・・・可憐・・・」
 そんな言葉の似合う花がいい。
 百合だけでなく、薔薇もあれば蘭もある。カーネーションやマーガレット。花屋の店内には、色とりどりの花が揃っている。今時は、温室があるから、季節なんか関係なく様々な花を手に入れられる。
 けれど、あの人に、花が似合うと思うのに、どの花が似合うのかわからない。というより、どの花もしっくりこない。
「可憐な花・・・」
 呟いた瞬間、ふと、視界の隅に、白い色が見えた。視線を向ける。
「・・・・・・・・・あれだ・・・っ」
 白い花。小さくて、儚くて、それだけでは頼りないくらい存在感が薄いけれど、優しくて可愛くて、・・・・つまりは。
「可憐だ」
 普段は添え物に使われる花。けれど、それ自体だって、とても綺麗じゃないか。
「すみません」
 オスカーは、迷わず店員に声を掛けた。
「これください」
 困惑している店員を無視して、小さな花束を作ってもらった。

 バスに乗り、セント・ラファエロに帰ったオスカーは、小さな花束を持ったまま、ご満悦でヴィクトリア寮に戻った。
「・・・・・・花?」
 階段で行き会ったセイヤーズに不審げに眉を寄せられたが、そんなことは気にしない。
「そう。可愛いだろ?」
 友人の機嫌のよさに片眉を跳ね上げ、セイヤーズは小さな花束をしげしげと見つめた。そうして、気付く。
「・・・・・・ああ、そうか」
 アウトローを気取っているくせに、ごくごくたまに、やけにロマンチストになるらしい友人を見て、呆れたように肩を竦めた。
「なんだよ」
「いや・・・。お前にしては的を射た選択だ」
「・・・何の話だ」
「別に」
 オスカーは、セイヤーズが自分の意図に気付いたことに気付いたが、敢えてしらばっくれた。友人も、追及はしない。それが二人の距離なのだ。
「早く活けてあげれば」
「言われなくてもそうする」
 セイヤーズの呆れたような声に軽く手をあげて、そのまま階段をすれ違った。
 白くて小さくて可愛い花。
 普段は添え物に使われる花。
 けれど、よく見ると、儚げで美しい。
「・・・・・・そうか。・・・可憐・・・」
 鼻歌交じりに階段を上っていくオスカーを見上げて、セイヤーズは小さく呟いた。
 黒絹の髪の神秘的な上級生を無理なく思い描ける。
 かすみ草。
 部屋に戻ったオスカーは、コップに活けた小さなかすみ草だけの花束を、飽くことなく眺め続けていたのだった。





言い訳
 ・・・なんか、本当に意味ない話ですねえ。話というのもおこがましい。まあ、とにかく、カサブランカよりはかすみ草だろうと。オスカーがロマンチストかどうかは、不明です。すみません。




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