絵
「え?」
とある夏休み、全寮制男子校から帰省して日本にいたユウリは、姉の言葉に小首を傾げた。
「絵よ」
活発で頭のよい美人。セイラはユウリの自慢の姉だが、姉である以上、弟にとって、その存在は、時に大変厄介なものになる。
「あなたが小学校の・・・一年の時ね。夏休みの宿題で描いた絵を見つけたのよ」
楽しげだけれど、どこか不穏な姉の様子に、ユウリは嫌な予感に眉を顰めた。
「そんなの、まだとってあったんだ?」
「当たり前じゃないの。大事な子供達の作品を、一つでも疎かにすると思う?うちの両親が」
ユウリの認識不足に呆れたように肩を竦めるセイラが背後に置いている大判のファイルが、どうやらその絵らしいのだが、姉はなかなか見せてくれない。
「まあ、捨てはしないとは思うけど・・・」
「そりゃあ、飾ったり、時々取り出して眺めたり、とか、そんな親馬鹿なことはしないけれど、大事にしまわれていたのよ。それを、この間、私が見つけたの」
そうして、漸くファイルを二人の間にあるテーブルの上に置いた。けれど、それでも、中を開きはしない。
「見つけた瞬間、懐かしいというより、当時のことを思い出して、あなたに文句を言いたくなったのよ。だから、ユウリが帰ってくるのを、首を長くして待っていたの」
きっぱりとした物言いに、ユウリは思わず後ずさりたくなった。
「・・・何を描いたっけ?」
「覚えていないの?・・・そう、おぼえていないのね。ふぅん」
意味ありげに呟いて、セイラは漸くファイルを開いた。
「・・・・・・えーと・・・」
何しろ、小学一年生が描いた絵だ。どうやら人らしいというのはわかるのだが、誰を描いたかなど、まるでわからない。
「どう?思い出した?」
セイラに促されて絵を自分の方に向け、首を捻っていたが、ふと背景を見た瞳が軽く瞠られた。
黒く塗り潰された上方、下の方は緑の縦線がいっぱいに引かれている。たぶん夜であろう真っ黒の中に、白い丸が一つ、浮かんでいる。
月だろうか。それで、ぴんときた。
「あ。隆聖だ」
声をあげて姉を見上げると、何故か、姉の背景に、おどろな渦巻きが見えた気がした。
「そうよ。小学一年生のあなたが描いたのは、従兄弟。・・・課題は、もちろん、覚えていないわよね?」
「・・・・・・う、うん・・・」
セイラのにっこりと笑う表情が、いっそ恐ろしく、ユウリは首を竦めた。
「課題はね」
ずい、とファイルをユウリの方に突き出して、続けた。
「『一番大好きな人』ですって」
「・・・・・・・・え?」
きょとんと、ユウリは小首を傾げた。
「『一番大好きな人』よ」
ごごご、と姉の背景のおどろ線が濃さを増した。
「小学校一年生のお子様が、普通、一番大好きな人、って言ったら、まず母親よね。それとも、父親。ユウリには、私という優しい姉がいるんですもの。姉というのも、十分有り得るわ」
にーっこりと、笑うセイラの迫力に、ユウリは本気で退却を考えずにはいられなかった。
「それが、従兄弟よ。従兄弟。ずっと一緒にいる、優しくて、ユウリを可愛がってる家族より、従兄弟っ!これって、どういうことかしら?」
「・・・・・・・・・・・えーと・・・・・・」
記憶にないことを今更問い詰められても困るが、そんな正論は、今の姉には通じないに違いない。
「・・・・・・とまあ、当時の怒りが再燃してたわけだけど」
けれど、一転して、セイラはおどろ線を拭い去り、瞳をきらきらさせて身を乗り出してきた。
「今なら、どうかしら?」
「・・・えぇ?」
態度の豹変についていけないユウリは、目を白黒させて姉を見つめた。
「今なら、あなたは、同じ課題に、誰を描くのかしら」
そうして、人差し指をびしりと突きつけ、セイラは言いつけたのだ。
「この夏休みの課題よ。イギリスへ戻るまでに、絵を一枚描きなさい。課題はこれ、『一番大好きな人』よ!」
うふふふふ、と、やけに楽しそうに笑いながら言うセイラに困惑したまま、ユウリは強制的にうなずかされてしまったのだった。
その夏、ユウリが誰の絵を描いたのか。それは、セイラだけが知っている。
終
言い訳
なんか、相変わらず、本当に山も落ちも意味もない話ですねえ。さて、ユウリは誰を描いたんでしょう。もしも、あのカリスマだったら、ホットラインでどこぞの双子へ伝えられてるかもしれません。あーはーはー。まあ、小学一年生の頃は、きっとまだ、ユウリは隆聖さんに洗脳・・・じゃないけど、疑問もなく懐いてたと思うので。・・・・セイラさんファンには、失礼しました。